基礎系部門

ホログラフィックメモリー、ナノプラズモニクス、メタ表面

  • (9) 産業と技術革新の基盤をつくろう

研究室概要

光と物質の相互作用による波面制御の研究を中心に、ホログラフィー、メタサーフェス、プラズモニクス等の研究を行っています。

担当教員 / 研究室
志村 努

志村研究室は光の研究室です。研究紹介ビデオを見る

現在行われている研究テーマは以下の通りです。

(1) ホログラフィック光メモリーの研究

ホログラフィックメモリーはホログラフィーを利用したデジタル光メモリーです。ホログラフィーというと、普通は3次元画像の記録再生を思い浮かべると思いますが、ホログラフィーを用いて2次元デジタルデータを記録再生するのがホログラフィックメモリーです。巨大版QRコード(2次元バーコード)のような2次元デジタルデータを記録再生します。とすると、ホログラフィーで記録できるのは3次元画像ですから、1次元分余ることになります。その分は同じ体積に複数の2次元データが重ね書きできることになります。重ね書き可能な枚数は、記録媒体の厚さに比例します。一般に光メモリーでは1ビット記録するのに、ざっくり、平面記録ならλ2の面積が(λは光の波長)、体積記録ならλ3の体積が必要です。ですから3次元の記録材料を使用するホログラフィックメモリーでは、記録容量を飛躍的に大きくすることができます。また、ホログラフィックメモリーでは、1000×1000画素程度のデジタルデータを1クロックで一気に読み書きできますから、1クロックで1ビットしか読み書きできない通常の光ディスクやハードディスクに比べて、大幅な高速化が可能になるポテンシャルを持っています。

a. コリニアホログラフィックメモリー

コリニアホログラフィックメモリーは、オプトウェア(株)(当時)の堀米秀嘉氏らによって発明された、ちょっと変わった方式のホログラフィックメモリーです。一つの空間光変調器(SLM:Spatial Light Modulator)から参照光と物体光の両方が発せられ、一つのレンズでこれらが集光されてホログラフィーが記録されます。再生時は、同じSLMから参照光が照射され、デジタルデータを読み出すことができます。この方式は、外乱に強い、光学系が単純で小型化しやすい、ディスクの回転やレンズの制御などが従来の光ディスクとほぼ共通のメカで行える、等のすぐれた特徴を持っていますが、その記録再生のメカニズムや記録再生特性はよくわかっていませんでした。そこでわれわれは、このシステムに関して平面波展開モデルを提唱して、理論的解析を行ってきました。その結果、信号の再生メカニズム、システムの諸特性に関して、理論的な裏付けを与えました。

b. 表面記録型ホログラフィックメモリー

上記のようにすぐれた特性を持つコリニアホログラフィックメモリーですが、3次元記録媒体を用いているがゆえに、温度変化による膨張収縮に弱い、一括複製ができない、フォトポリマーの特性が不安定で長期保存寿命に関しても評価が十分でない、等の問題点も持っていました。そこでわれわれは、表面の微細加工で作製される位相型ホログラムをホログラフィックメモリーに応用することで、従来の光書き込み型の課題点であった一括多重記録が可能で、膨張収縮にも強い、高データ転送レートかつ量産可能な新しい光メモリーの実現を目指しています。しかし表面型ホログラムはラマン=ナス回折に起因するノイズの影響により、従来の体積ホログラムを用いる場合と比較して記録・再生特性が大きく異なっています。そこでこの表面型ホログラムを用いた相関シフト多重ホログラフィックメモリーにおける記録再生特性を解明すべく、研究を進めています。現在までに信号光と読出光のパターンを工夫することによって、表面型特有のノイズの影響が抑制され、多重度が向上することが確認されています。今後は多重ホログラムによる時系列信号を想定した再生信号の解析を行う予定です。

(2) 誘電体メタサーフェスによる光波の制御

a. 誘電体メタサーフェスによる振幅、位相、偏光の同時独立制御

メタサーフェスとは、波長より小さい散乱体が基板表面に並べられた構造です。この微小な散乱体は、光に対しては物質中の原子と同じような応答をするため、メタアトム(メタ原子)と呼ばれます。このメタアトムのサイズや並べ方を工夫することで様々な光学特性が得ることができます。当研究室では二位相ホログラムのアイディアを取り入れた二位相メタサーフェスにより、位相・振幅・偏光を独立に変調可能なメタサーフェスの作成方法を確立することを目指しています。現在までに、周期境界条件のもと、二位相メタサーフェスによって任意の位相・振幅・偏光変調の組合せを得られることを示しました。今後は、実験による実証と周期境界条件ではないより一般的な条件での、多重散乱の効果を取り入れたモデルによって、二位相メタサーフェスの特性を調べる予定です。

b. 誘電体ナノ構造によるメタホログラム
上記メタサーフェスを用いると、ホログラフィーを実現することもできます。これをメタホログラムと言い、近年盛んに研究がおこなわれています。われわれは、位相・振幅・偏光を独立に変調可能なメタサーフェスにより、従来よりも自由度の大きなメタホログラムの実現を目指して研究を行っています。さらにこれを平面型ホログラフィックメモリーに応用することももくろんでいます。

(3) ナノ構造を用いた新しい光材料、光デバイス

a. プラズモニックナノ構造からの光散乱力によるMEMS駆動
光の運動量変化(光圧)を利用したレーザーピンセットは、微小マシンを駆動する方法として応用範囲を広げてきました。しかし、この方法は、照射するレーザー光を集光・走査することにより光圧の方向を制御するため、光の回折限界から波長スケールより微細な操作が実現できず、光駆動マシンの集積化を阻んでいました。そこで本研究では、ナノ空間で光散乱を増強・制御することができる金属ナノ粒子の局在プラズモン共鳴に着目しました。高い指向性の光散乱を通じて光の運動量変化を制御することで、ナノ粒子の向きで光圧の方向を制御できることを発見しました。このナノ粒子を微細加工技術により微小マシン上に適切に配置することで、光の波長スケールより小さいナノ空間に働く光圧の位置と向きを精密にデザインできることを見出し、レーザー光の集光・走査を必要としない光駆動リニアモーター・回転モーターを実現しました。本研究は、入射光の運動量ではなく、散乱光の運動量の反作用としてナノ粒子に働く光圧に初めて着目した研究で、約104倍もの体積のシリカ構造を駆動するナノモーターとして機能することを明らかにしました。 詳細はこちら

b. プラズモニックナノ構造による光散乱の制御と、力とトルクの発生

表面プラズモン共鳴は、ナノ構造と光の間に従来にない相互作用を生じさせ、その特性がナノ構造の形状に強く依存しています。本研究は、表面プラズモンを介してナノ構造に働く従来にない光の力を発見し、解析することを目的としています。これまでに、V字ナノ構造に新奇な横向きの光トルクが生じることを発見し、その物理を明らかにしました。また、実験的な検証のための新奇光圧測定システムの開発も進めており、金ナノ構造に働く光圧及び光トルクの3次元的観測に成功しています。

c. 非線形分極を用いた金属ナノ構造へのプラズモンモード励起と散乱力発生
プラズモニックナノ構造による波長変換は、光の回折限界を超えたナノ領域で発生する新奇な非線形光学効果として注目されています。特に第二高調波発生は、線形過程とは全く異なる興味深い放射特性を持つが、ナノ構造表面の粗さに敏感に依存するためその制御は困難だとされてきました。われわれは、二次非線形分極とプラズモンモードが空間的に結合可能なナノ構造を用いることで第二高調波の放射パターンが制御可能であることを見出し、この結合プロセスが存在することの実験的な検証を行いました。また第二高調波制御の実例として、放射方向を一方向に制限する構造やベクトルビームを生じる構造、さらに円偏光を生じるナノ構造を数値シミュレーションにより設計し、それらの実験的な観測に成功しました。

d. ナノ粒子に働く光圧の精密測定に向けた捕捉ポテンシャル制御法の開発
長さの異なる二つの金属ナノロッドペアは、局在プラズモン共鳴による各ロッドからの散乱光の位相差によって、入射光に垂直な面内で指向性の高い側方光散乱を生じます。 この一方向側方散乱の反跳によりナノロッドペアに働く面内光圧に着目した、光駆動アクチュエータの設計に向けて、ナノ構造に働く光圧特性を単一レベルで定量的かつ正確に評価することが不可欠となります。 ところが、既存のポテンシャル解析法による光圧計測法では、単一ナノ構造に働く光圧を評価するのに十分な力検出感度を得ることが困難でした。 そこでわれわれは、力検出感度の向上におけるボトルネックを解消するため、アクティブフィードバックによるポテンシャル制御法を新たに提案し、微弱力計測システムの開発を進めています。

e. 強いプラズモン結合によるねじれの位置にある金属ナノロッドの巨大な光学的非対称性の発現

天然キラル物質(右手系と左手系の区別のある物質)の光学的なキラル応答(右回りと左回りの円偏光に対する応答の違い)は普通は非常に弱いため、大きなキラル応答を持つ人工物質の開発が求められています。キラルプラズモン構造は、光との強い相互作用により大きなキラルな光学応答が得られるため、最近大きな注目を集めています。キラルな光学応答を向上させるこれまでのアプローチは、主に物質の構造や形状の設計に焦点が当てられていました。これに対してわれわれは、2つの金属ナノロッド間に誘起されるプラズモン結合混成モードに着目しました。われわれは、非常に近接したねじれの位置にある金ナノロッドの二量体が、ナノロッド間のプラズモン結合に起因する強いカイロ光学応答を示し、さらに実験により、単純な構造でも非対称係数(g factor)が最大 1.03に達することを示しました(従来は最大で0.3程度)。キラルな光学応答およびプラズモン結合強度は、ナノロッド間の距離とねじれ角を調整することによって制御できることも示しました。われわれのアプローチは、キラル光学応答の研究の新しい方向性を示しており、新しいメタマテリアルの開発のためのプラズモン構造の設計の指針を与えると考えています。

f. ピコ、フェムトニュートン・オーダーの力計測システムの開発と、カシミール力測定等への応用

1948年にCasimirが存在を予言したカシミール力は、平行に置かれた2枚の導体板間に引力が働く現象として知られています。これまでのカシミール力測定はほとんどが真空低温環境下で行われており、高速・高感度でドリフトの影響を受けにくいPLL(Phase Locked Loop)を用いた周波数シフト方式によるカシミール力計測例が多数報告されています。われわれはこのカシミール力をPLLを用いた周波数シフト方式で室温大気中で計測することにチャレンジしています。これまでの大気中のカシミール計測では、2つの導体板の振動の位相差からカシミール力と流体力学的相互作用力を分離し計測する方法が用いられてきました。しかし、大気中では空気の流体的なふるまいに起因した流体力学的相互作用力がカシミール力測定のノイズとなるため、位相差計測法を用いた方法では、精度を上げるためにロックインアンプの信号積算時間を長くすることが必要となりドリフトの影響を大きく受けていました。そこでわれわれは、大気中でもドリフトの影響を受けにくいカシミール力計測を実現するため、力変化に対する応答が高速なPLLを用いた方式を採用しました。現在、流体力学的相互作用力の低減にむけて導体球のサイズを最適化した球カンチレバーを組み合わせたカシミール力計測システムを開発しています。

(4) 次世代高度化ホログラム技術

a. フォトポリマーフィルムを用いたホログラフィー応用デバイスの研究
フォトポリマーを記録媒体として用いた光デバイスの研究を行っています。窓ガラスに張り付けて太陽光を導光するタイプの太陽光発電、平面貼り付け型のホログラム再生用照明光学系、ホログラムを用いた導光型偏光ビームスプリッターなどの研究を行っています。 詳細はこちら

志村努/志村研究室